For You

「へこたれていじけた子になっちゃだめよ」(志村貴子『放浪息子』)

ぼくの夢は夢を言いよどまないこと窓いっぱいにマニキュアを塗る

逃げきった鳥が青だよ 周到に荊を踏んでちかづくまでだ

通学は放浪だからどうしてもパフスリーブのあの服が要る

西の空とおくはばたく輪郭をまるで優しい炎とおもう

(はんぶんこってなんでできてる?)(おさとうと嘘とすてきななにもかもだよ)

あどけない理想でもいい街路樹にまどろむ冬の小鳥にパンを

突きつける傘の尖から落ちてゆく雫でいつかアクアリウムを

誓います。薔薇の名前を捧げます。大人へといま離岸する舟

ふくらんだ胸と喉とを取りかえる魔法を日記に書いて交わした

さっきから探していたよ数々の流れてきみの声になる星

なりたくてなるのをやめた姿さえ愛して橋の継ぎ目を越えて

過ぎ去れば映画みたいだ冷えた目にろうそくの火があんなにきれい

ひかりのシャワーを浴びてぼくらは静謐と呼べる時間のなかを歩いた

たかが恋 つまり春へと消えてゆく夜明けのつばさ、しののめの雪

でもこれは記録だ。ぼくのかじかんだ手が書く一度きりの夕焼け

 

初出:「京大短歌」21号(2015年)
歌集『はるかカーテンコールまで』に収録