エッセイ

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ミドリさん

 「ミドリさん」という常連客の話を、友人から聞いた。  洋菓子店で働く東京の友人である。ミドリさんというのは店員がつけたあだ名で、本名は「チエミさん」というのだそうだ。  さて、友人はいかにしてミドリさんの本名を知り得た […]

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夢にだに見で

 夢にさえ見ていない。  見えているのは交差点だ。三台以上が連なって停まることはない深夜の交差点。音のあるものはみんな滅んでしまったんじゃないかってすぐ不安になるけれど、ときどきは車が通過してくれるからその都度安心できる […]

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祇園クロール

王宮は星の隠れ家が 王ねむり衛兵ねむる夜半よはにうたげす   水原紫苑『あかるたへ』 実は、ちゃんと賑わうメインのときにちゃんと見に行ったことのなかった祇園祭に、とうとうちゃんと行ってきた。宵宵山だった。 どのくらいちゃ […]

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記憶と時間とふたたびくらげ

 しかし、写真の解読のコードを一応身につけているわれわれでも、例えば星座図を見る場合は、隣接する二つの星が実は地球からの距離が気の遠くなるほどたがいに異なるといったことは、ふつう考えてもみない。宇宙空間を駆けめぐっている […]

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ハンドクリーム・メランコリック

 ハンドクリームのにおいはじぶんの手からしているにちがいないのに、けっしてじぶんのものなはずないにおいだからくらっとする。歩かないと歌ができないことに気づいて昨日の夜は晩ごはんのまえとあとに二回、散歩に行った。二回目の散 […]

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関係性という幽霊、信仰という疼き ――新井煮干し子『渾名をくれ』に寄せて

 さいきん思うのだけれど、「関係性」って幽霊みたいなものだ。読者として作中の2人(以上)について、たとえば「お互いすぐ憎まれ口叩くけどラブラブ」とか思ったとしても、それって外側から、あるいは上空から観察して作り上げた解釈 […]

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夢のなかのミサンガ、または地の底のハーゲンダッツ・ヴェンダー

 夜の話をしよう。  京都は宇宙一寒い。これは真理だ。そんな極寒の地の底にこの三月まで八年も住んでいたくせに、慣れるどころかいよいよ寒さに弱いこのごろである。新緑の季節になってもヒートテックを履いていたし、衣替えはまるま […]

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ほころび

 「人は簡単に変わらないけど、人の気持ちは変わるよ」と恋人は言った。冬の朝、バス停まで見送りに行ったときのことだ。バスを待ちながら「ずっと一緒にいたいね」みたいなことを僕は言った。私もそう思うよ、でも、と前置きした口から […]

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体のどこかで

 過去に読んだ本のことを思い出すとき、どこでどんなふうに読んだのかもあわせてよみがえってくる。高校の図書室、旅行の移動中、十一月の琵琶湖疏水のほとり。日々がどんな色に見えていて、なにを思い悩んでいたのかまでいっしょに匂い […]

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何もなかったように、みたいに

忘れた、といつか答えて笑うだろうこの夕暮れの首のにおいも 笠木拓「何もなかったように」『京大短歌23号』  6月の誕生日のときに書こうと思っていた日記を今さら書きますね。 *  誕生日は月末の月曜日で、前の週の金曜日は仕 […]

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